2015年03月09日

なんかねー。

こんな小説、見つけたんだけど・・・
http://www.pixiv.net/novel/show.php?id=5016953

感想は読者の皆さんにお任せします。
posted by 奇天烈海月 at 11:16| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月13日

俺しか終了!

激闘! 一か月半!

俺屍・・・ついに終わったー!

ほんまに。朝夜問わずやったからなー・・・。もう最後らへん。筋なんかどうでもよくなってンの。

だけど。エンディングで、自分の名前を最初に入力しておかなかったのは後悔・・・。
posted by 奇天烈海月 at 13:18| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月06日

おれしかをやって気づいたこと

みんなっっっ!
ろくな仲間が4人いないうちに

神に、もとい、髪にいどんじゃいけないっ!

一時間、損するぞっ!
posted by 奇天烈海月 at 21:19| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月01日

ナイス俳句っ! だけど・・・。

あのですね。町歩いてたら、どこぞの俳句コンテストで受賞でもしたんでしょうか。
次のような句が、でかでかと誇らしげに掲げてありました。

「青春とは
  なんだ 私だ
    炎天下! 」

 実にナイスな俳句です!

 今11月だけどな!

(主催側のやる木のなさで・・・。名句が台無しに・・・。)
posted by 奇天烈海月 at 19:00| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月29日

吾輩は猫である・・・。

今、夏目漱石の『吾輩は猫である』を読んでますが・・・

作品内で、普通に猫虐待してて、時代は変わるもんだな・・・。と。
posted by 奇天烈海月 at 23:27| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 文芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月28日

こっちのほうがリアル恐怖

いやね、都市伝説の本、読んでましたけど。

「ある日、突然ネットの掲示板で匿名さらしあげ」

になる恐怖って、ネット利用してる限り、「誰もがなる可能性がある」のに。

なんでみんな恐怖しないんでしょーね。
posted by 奇天烈海月 at 23:39| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月27日

リアル

書けば書くほど

読者が離れていく

この現実・・・。
posted by 奇天烈海月 at 18:55| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月26日

忍び寄る旋律

二日前に読み終わった本を

その存在自体忘れている

この恐怖!
posted by 奇天烈海月 at 21:52| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月25日

今日のはけーん! 『俺しか』

さて、がつがつと『俺の屍を超えていけ』(旧)やっております。
今日、気づいたおもろいこと。

このゲームでは「反魂の儀」なる技があります。
親が生き残って、子が死んでしまった場合、親の命を使って子をよみがえらせる儀式です。

作者曰く
「想像できる一番悲しい事態はたぶん、自分が死ぬことより子どもを亡くすことです。(中略)『せめてゲームくらいは』と思って入れました。」

で、ファミ通の攻略本。攻略のプロライターは
「親子がそろって死にそうになり、どちらか一人しか助けられないなら、反魂の儀を期待して、親の命を優先して助けておこう。」

 ・・・

・・・・・・・・

この矛盾が、やっぱり桝田テイストあふれていてたまんないと思うのです。
posted by 奇天烈海月 at 23:22| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年11月24日

「俺しか」(旧)の「物語法」

さて、今『俺の屍を超えていけ』旧作をやってます。
難しい、というか、おんなじダンジョンを、前へ進める物語も提示されずに、延々と続けるのは苦痛です。
意地でやってるようなもんです。

特に、「長くても二年で主人公が死んでしまう」というのがキッツ!
というのは、この主人公たち、必ず「奥義」を覚えます。
で、それを残すためには、一年半年ぐらいのサイクルで「子どもを生まなきゃなんない」んです。

これがキッツ! 先へ進むには、経験値のようなものをためて、それに見合った「神様」と交神。子どもをつくらなきゃならないんですが・・・。
 どうしても「二万」ほど点がいる神様と、しかも四回交わらないと先に進めないみたいです!
 
 げぇっ! 一年たっても、せいぜい8000点ぐらいじゃん!
 どうすんだ! 一回の交尾で全ポイント使ってしまっちゃうじゃん!

 などと思っておりましたが・・・。

 ほんと、あほな話ですいません。
 今、気づきました。
 
「ゲームで一番初めに交わる神は、なんのためにあるんだ? 」
 

一番最初、レベル上げもくそもないほどままならない信仰でも、「一ケタの点でも、小作りOK」のためです!

 そうです。「低い点数の神と交わって、点をためておく」ということができるんです!

いや、あほだから今気づいた!

 というか、舛田さん、「ゲームの中で、ストーリーはかえってじゃまになる。」という考え方をはっきりと出しております。

「優れたゲームには、そこから物語が読み取れる」というのが信条らしいですが・・・。

「なるほど! これが舛田ゲーか! 」
体感しましたね。

 思いっきりあほなことでもいいんです。苦痛ばかりが続いてもいいんです。
 こうやって「ゲームをして、リアルで様々なことに気付く」
 これが、舛田氏のいう「アナタだけのドラマを作ること」なんですね・・・。

 数字とデータしか語られない、だけど。こういう語り口もありか! 
 新鮮な驚きです!
posted by 奇天烈海月 at 23:22| 北海道 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする